2011年1月23日日曜日

ラジオの目的とは?

いま世間的に注目されていると思われる「地域メディア」
ラジオであれば「コミュニティFM」がその一端を担うことができるのではないか?と言われることがありますが果たしてどうなのでしょうか。

そもそもラジオが窮地に立たされているという話は以前にもこのブログでお話ししました。
ラジオを進んで聴く動機がない人が多い、ラジオを聴いてくれる人がいない。そうなると、果たして誰のために放送しているのか、ということになってしまいます。

一方で、地域の人が気軽に情報発信できるツールとしての地域メディアは活気がない訳ではありません。
つまり地域のラジオで自分たちが情報を発信したい。という人々は少なくない、ということです。
これはミニFMをやっている方から聞いたお話ですが、「ラジオをやりたいと集まってくる人の中に『ラジオを一度も触ったことがない』という人もいる」ということがあるそうです。
ラジオを聴いたことがないのに、なぜ「ラジオで」情報を発信しようとしているのか私は理解できません。
曲がりなりにも地域のラジオに関わらせていただいている自分も、似たような人々に何回か遭ったことがあります。

結局のところ、彼らにとってはラジオで発信すること、それ自体が意義であり、ラジオというメディアの潜在能力についてはないようなものとして捉えているのでしょうか?実際その通りなのがまた悔しいですが…

そうなってくると、ラジオは「発信している側」が楽しいことが第一で、「受信する側」つまりリスナーが楽しいか、という大切なポイントが失われてしまうのです。実際に聴いてる人がいないに等しいのであれば仕方がないのかもしれません。


しかし、そういう地域のメディアを聴いて育ってきた私にとっては、それはどうしても許せません。納得がいきません。
いや、論理的に考えれば仕方がないのでしょうが、それで黙っていることができないのです。

聴いている人がいるから作る。聴いている人のために作る。聴いている人が楽しめるように作る。
これができていないラジオは、形の上では「ラジオ」かもしれませんが、本当の意味での「ラジオ」ではないと思います。
さらに言えば、リスナーが楽しめるように工夫して番組を作ること、それが作っている側の「楽しさ」とならなければならないのではないでしょうか。


ラジオは聴いてもらうのが目的か、作ること自体が目的か、番組を作りたいと考えている方には、一度立ち止まって考えてほしいと思います。

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